こんにちは、ざっきーです。

 

ここ最近になって、リアルビジネスのほうの

仕事が増えてきて適度に充実した生活を過ごしてます。

 

国内に2社、海外に1社の会社を経営している社長とたまたま会うことができて、

ひょんな事から、その方のビジネスに片足を突っ込んでる状況になっちゃいましたw

 

カンボジアの不動産仲介ビジネスの企画段階でのマーケティング支援。さらにはECプロダクトの企画段階でのアドバイスをさせて頂き、打ち合わせなどに招集されることが多くなったのです。

 

なんかスゴイことをしているように

感じた方もいるかも知れませんが、

 

僕は本当に体たらくでどーしようもない人間でした。

 

中学時代のイジメがきっかけで、高校・大学とまともに友だちもできませんでした。人とコミュニケーションを取ることが億劫で、いつしかゲーセンに入り浸る毎日が続いた。

 

そこで僕がハマってしまったのが、

タイトルにもあるように「パチスロ」だった。

 

高校生三年の時に、学校の授業を受けずに近所のパチンコ屋さんに行き、

父親と遭遇して、クッソ怒られたのは今になってはいい思い出です。

 

今回はそんな、ざっきーの「パチスロエピソード」を語っていきます。

あのときは本当に毎日が孤独との戦いでした...

高校3年生のとき。パチスロとの出会いはゲームセンターだった。

僕がパチスロと初めて出会ったのは、高校3年生のときだった。

 

中学生の頃にクラスでも仲の良かった友達全員から「無視」されるようになってから、

人との接し方が分からなくなってしまった。必然と対人コミュニケーションを取ることに負い目を感じた。

 

高校へ進学した後もうまくクラスメイトと馴染むこともできずにとても歯痒い思いをしていました。

 

クラスメイトが放課後に

 

「カラオケいこうぜー!!」

とか

「◯◯(近所のファミレス)行くべー!」

 

って話しているのを横目に、

僕は教室からそそくさと出て行き、ゲーセンに通い詰める日々を過ごしていた。ゲーセンに行くにも僕はお金が必要だったので近所の家電量販店でバイトをはじめました。

 

バイトも、レジ打ちとかお客さんと接する仕事ではなく、完全に裏方の仕事をしていました。納品されてきた商品の品出しだったり商品陳列の整理整頓、現品梱包など、誰にでもできるような肉体労働でした。

 

バイトが終わると大体夜の21時ぐらいだったので、

「ちょっとだけ行くか...」ってノリでバイトが終わってからゲーセンに行ってました。

当時のライフサイクルはもっぱら

「学校⇔バイト⇔ゲーセン」

この繰り返しでした。

 

そんなTHE陰キャラのような高校生活を過ごしていながら、

僕にもついに春が来たんです!!!

 

僕は当時音ゲーに超ハマっていて、

音ゲー仲間の繋がりを求めてmixiをやっていました。

 

その時に偶然、mixiで開かれたオフ会で

僕より3つ年上の女性(Sさん)に出会いました。

 

ちなみに僕は、中学の時からそこそこ可愛くない女子(超失礼)と話すのにも緊張しまくりで声が震えるし、ましてや高校生になってから女子と話したことなんて片手で数える程度。

 

そもそも学校の女子との接点もなければ、何を話していいか分からないレベル。

 

僕は家で母親と妹と話す以外、女性とまともに会話したことがありませんでした。

 

そのmixiのオフ会で出会ったSさんは、

mixi上だと本当に音ゲーのことばかり投稿していたので、

僕はてっきり男性のキモオタだとばかり思っていました。

 

(オフ会行く前までのSさんのイメージ図)

↓ ↓ ↓

 

Sさんと僕も参加している共通のmixiコミュニティーで、オフ会をすると告知がされました。

その時Sさんとはmixi上で絡みがあったので僕も一度ご挨拶をしたいと思って参加をしてみました。

 

「まぁどうせ汗臭いオッサンみたいなやつだろう」

ぐらいにしか思ってませんでした。

 

オフ会の当日。

某所で開かれたオフ会に参加してみると、

むさ苦しい男どもに紛れて一人だけ黒髪ロングの細身のキレイな女性がいました。

 

そしてその女性がこちらの方に段々近づいてきて...

 

「はじめまして〜、ざっきーさんですか?」

 

なんと僕に話しかけてきたんです。

 

「はぇ!?そそそ、そうです!!あなたは??」(→既にテンパってる)

「Sって言います!」

 

まさに衝撃。

 

「え!?!?あのSさんですか???てっきり男かと思ってましたw」

「ははは、超失礼ですねw でもよくそう言われますー、今日はよろしくお願いします!」

 

あまりに衝撃的すぎて、合う前までの印象と実物の差がありすぎて失礼なことを言いましたw

 

しかし、前々からmixi上では絡みがあって、

お互い音ゲーという共通の話題があったのでそこそこ話が盛り上がりました。

 

音ゲーはいつからやってるのか?

作品で一番好きなシリーズとか、どんなアーティストの曲が好きなのか?

音ゲー以外にはどんなゲームが好きなのか?

 

などなど。

僕はこの日、生まれて初めてまともに会話が成立した女性だったと、今でも覚えています。

 

それからというもの、僕はSさんと2人でゲーセンに行ったりするようにもなって、Sさんとの共通の音ゲー仲間とボーリングやビリヤード、ダーツをするようになって、僕の枯れ果てた交友関係が一気に潤っていきました。

 

夜な夜な麻雀をしたり、カラオケに行ったりする男友達も増えていき、

そんなこんなで、僕の交友関係の98%は学校内の友人より、音ゲーを通じて親密になった人のほうが多くなりました。

 

それと同時に、僕はSさんと一緒にいる時間が長くなっていきました。

だいたいゲーセンで遊ぶ時はSさんとも一緒だったし、

共通の友人と遊ぶ時もSさんと僕はセットでした。

 

Sさんはゲーセンで音ゲーをする他、

音ゲーに飽きると麻雀格闘倶楽部をやったり、

よくメダルゲームコーナーに置いてあるパチスロを打ってました。

 

その時、Sさんはいつも決まって打つ台があったんですが、

 

それが当時、僕が生まれて初めて触ったシェイク2という超名機であり、

僕がパチスロ廃人になるキッカケでした。

 

 

Sさんがシェイク2を打っていると僕も隣に座って、Sさんにあれこれ教えてもらいながら打ち方を覚えていきました。

僕が通ってたゲーセンのスロットって、大体エンタメ設定にされてるので、ボコボコ大当たりを引けるわけです。

 

何だこれ超おもしれーーー!!!

 

気づいたときには、音ゲーをしている時間よりも、

メダルコーナーでパチスロを打って居る時間のほうが長くなっていました。

 

時間の経過とともに貯メダルも増えていって、

朝から晩までメダルコーナーで遊び散らかしても残高があるような状態になりました。

 

ゲーセンに行ってるけれども、音ゲーよりもメダルゲームで遊んでることが多かったので、

必然的にバイトで蓄えた貯蓄が10万円ほどありました。

 

で、当時の僕は

「これってパチンコ屋に行って打っても同じように稼げるんじゃないか?」

と思い立ちました。

 

貯金が高校生にしてはそこそこあったので、パチンコ屋に行ってパチスロを打ったんです。

そしてビギナーズラックなのかその日はなんと5万円もプラスになったんです。

当時の5万円って言ったら僕の1ヶ月分のバイトの給料じゃないか...

それがたったの3時間で稼げて、パチスロの演出も楽しめてスッゲーーー面白いじゃんこれ!!

 

そう・・・。

ここから僕の転落人生が切って落とされたわけです。

大学時代は【自宅⇔パチ屋⇔大学】のヘビーローテーション。

僕の高校生活は終わりを告げ、地方のFラン大学に通うことになった。

 

大学生になってから、高校生の頃よりもさらに同年代の人と話をしなくなった。

 

サークルや同好会もあったのだが、

僕はそれよりもパチスロをすることに無我夢中になってしまっていた。

 

いつしか高校の時にあれだけハマっていた音ゲーも辞めた。

その代わりにパチスロに熱中したせいで、

高校生に出来た音ゲー仲間とも、Sさんとも疎遠になってしまったのです。

 

 

僕はまた一人ぼっちの生活を過ごすことになった。

 

大学の授業をサボってのパチスロ漬けの日々。

僕はこの時、大学に通いながらもバイトはほとんどせず、パチスロ、パチスロ、パチスロ。

 

台を打つ予定もないのにパチ屋に行き、

漫画コーナーで一日を潰すこともしていました。

 

大学生で時間だけはあったので

近隣のパチ屋の傾向を徹底的に調べ上げ、

設定配分や店の癖といった情報を頭にインプットしていた。

 

そのお陰もあり、大学生でバイトをほとんどしなくとも、

月に10万円〜最大月間瞬間風速で40万円ほどの収益を、

卒業するまで上げることができていた。

 

・・・。

 

僕はその日も真夏の暑い中、

授業をサボって隣町のTというパチ屋に朝から並んでました。

 

今でこそ国の規則のせいで扇動的な告知ができなくなってしまったが、

昔はメルマガ会員限定で、イベント告知などされていたので、高設定が入りそうなイベントの情報収集のために、数え切れないぐらいパチ屋のメルマガ会員になってました。

 

そして、僕が一番気に入っていた車で9分のところにある隣町のTというパチ屋では、3、6、9、ゾロ目の日に高設定が扱われると決まっていた。

 

もちろんその日は設定狙いのスロプロやスロプー(=ニート)軍団が遠方から来るので激戦区でもあった。抽選番号が悪ければ最悪、その日は一日打たずにひたすらホール内を徘徊するだけで終わることもあった。

 

このイベント日に並んだ人数は100人〜200人弱。

 

僕は毎回、イベント前日の夜に打つ台の下見をして、

高設定が入りそうな狙い台を徹底的に調べて毎回Tに行っていた。

 

その甲斐があってTの会員カードには一時期60,000枚もの貯メダルがあった。

当時のレートで換算すると120万円で、大学生の僕からすると120万円という金額はあまりにもデカすぎた。

 

そして大学4年間を通して、

パチスロでの収支はプラスで終わったが、当時パチスロと同じぐらいハマってたネトゲに、パチスロで勝った収支を丸々使っていた。そのせいで結局手元に残ったお金はほんの僅かだった。

 

しかしこの頃は、

「またパチスロで稼げばいいや」

と超楽観的に将来のことを考えていました。

会社員になりガチで立ち回れなくなり、ざっきーに悲劇が起こる。

僕は大学を単位ギリギリで卒業し、某電機メーカーの子会社で働くことになった。

 

これまでアルバイトですらまともに働いたことがなく、

社会的に言えば「ガチの世間知らず」です。

 

おまけに学生時代は、パチスロに明け暮れて大学の授業も

ほぼ出席しないくらいグータラな生活を22年間過ごしてきた。

 

そんな自分でも就職できたことには、

僕をこれまで育ててくれた両親や

じいちゃん、ばあちゃんも喜んでくれました。

 

「会社員になっても頑張るんだよ。いつでも家に帰ってきていいからね」

 

ばあちゃんや母親の言葉に背中を押されて、

僕は会社員の道を歩みだした。

 

就職した最初の2ヶ月は、研修を受けて終わるので

割と楽勝でしたが実際に配属されてからが地獄のような日々が始まる。

 

今まで人と接することがあまり得意ではなかったのにも関わらず、

僕が就職して最初に配属された場所は、コールセンターのオペレーターだった。

 

自社で販売した製品に+保守サービスといった付加価値をつけて販売をし、

そのアフターフォロー的な位置づけの部署であったため、製品が故障した時やトラブった時に電話が鳴る。

 

新人ということなので、僕がまっさきに電話を取るようなルールになった。

 

「は、は、はい!◯◯(会社名)のざっきーです。」

 

それぐらい吃り気味で地声が低いのもあって、

相手に「何言ってるかわからない」「え??」と聞き返されることが多かった。

 

くそ、なんでちゃんと喋ってるのに聞き返すんだよ。。。

 

という具合に、根が不真面目キャラなので

自分本位な考えしかしてなかったのもあり、

上司からは「おまえの電話対応は酷すぎる。二度とうちのイメージを下げるような話し方はするな」とガチで説教を食らいました。

しまいには、上司が僕と顧客の会話を録音した音声を所属員全員に聞かせて、

フィードバックをもらったこともあったがこれが一番つらかった。

「何言ってるかわからない」

「吃りすぎ」

「あ〜とか、え〜とか口癖多すぎ」

「やる気のない喋り方」

といった批判の嵐だった。

 

なんで僕だけこんな辛い思いをしなくちゃいけないんだ...

 

今になって思えば、顧客に寄り添った話があまりできてなかったと反省しています。

当時の僕は顧客目線で話をしようとはしていなく、完全に自分の身を守りたいがゆえに、中途半端な受け答えをした。それによって顧客に業務影響を与えてしまった。

 

ストレスばかりの毎日が淡々と過ぎていった。

仕事も月日が経つにつれて増えていき、自然と帰宅時間が遅くなっていく...

 

そんな会社でのストレスから解放されたくて、

休日は決まってパチスロ漬けの毎日...

 

僕が社会人になったあたりから丁度、

風営法の規制が厳しくなり、

今までメルマガやLINE@でイベントの告知が密かにされていたのがなくなった。

 

さらに大学生の時と比べて、自由に使える時間が少なく

以前よりも頻繁にパチ屋のデータ取りをすることもできない。

 

そのせいか、パチスロでは趣味打ちが多くなったり、

だらだらと負債を抱え込むようになった。

2万負け、

4万負け、

3万負け、

3000円勝ち、

1万負け、

こんな具合に会社でもらった給料の

ほぼ全てはパチスロに消えていきました。

 

趣味打ちとわかっていながらも、大学生の時の成功体験が忘れきれずにいた。

高設定が明らかに入ってない平日でも設定を追い求めて立ち回る。

肝心の設定が入ってないベタピン(=オール低設定)の店で無駄にお金を消費する。

 

1日に12万円も負けた時は本当に辛かった。

 

マクロスフロンティア2という機種を朝から趣味打ちをして、

天井寸前まで2回持っていかれて結果的に12万の大負け...

途中で財布の残金が3回もなくなって、

コンビニATMで1日に3回も口座からお金を

引き下ろしたときの敗北感は今でも忘れません。

 

お取引金額 40,000円。残高 160,201円。

お取引金額 40,000円。残高 120,201円。

お取引金額 20,000円。残高 80,201円。

 

結局、回収できた金額は0円。

12万も負けた後の口座の残高は、80,201円しかありませんでした。

 

25日の給料日が過ぎた直後に12万も負けてしまい、

さらに27日に家賃やクレカの返済がを合わせると。

残高 ¥11,328円。

 

ヤバイ・・・。

来月25日まで生きていけるようなレベルではなかった。

 

近所のスーパーで値引きシールが貼られる時間を暗記して、

値引きシールがはられたと同時に惣菜弁当を手に取ったこともあった。

激安スーパーの蕎麦と乾燥わかめを大量に仕入れてなんとか飢えを凌ぎきりました。

 

お腹空いたなぁ・・・。

 

会社の昼休憩のときも、僕だけはカロリーメイトや

前日に仕入れた値引きシールがはられた惣菜弁当を持参してモシャモシャ食べていました。

 

あぁ〜暇だ。

 

仕事をしている時は会社にいるから良かったものの、

休日になってからパチスロができないと本当にやることがなかった。

 

YoutubeやAmazonプライムで飽きるまでドラマや映画を

見ててもどうしてもパチスロを打ちたいという欲は完全に消すことはできなかった。

 

打ちたい、打ちたい、打ちたい・・・。

 

手元にあるのは全財産の2000円だけ。

でも、あと数日しのぎ切ればまた給料が入るんだ。

 

しょうがない、漫画でも読みにパチ屋行くか。

 

そして気づいたときには5スロのサンドに、

全財産の2000円が意図も簡単に飲み込まれていった。

 

くそ!くそ!くそ!

なんで他の連中が当たってるのに俺だけ上手くいかないんだ!?

 

敗北感、絶望、嫌悪感。

ついに所持金は0円に。

ただ漫画を読みに来ただけなのに何故こうなる!?

 

最終的に取った行動は・・・。

そう「借金」だった。

 

赤い看板の金融会社のATMで手をブルブルさせながら、

お金を借りたのは今でも覚えています。

 

そして手にしたお金でまたパチ屋に行くという無限サイクル。

「次行けば勝てる、大丈夫、今頑張らないでいつやるんだ」

そんな訳のわからない自信と言い訳をして着々と負債を増やしていく。

 

その結果・・・。

僕は総額300万円の負債を背負うこととなったのです。

 

 

いつしかパチスロのボーナス終了画面や待機画面に

「パチスロは適度に楽しむ遊びです。」

とロゴが出るようになり、昔の自分に言い聞かせているように捉えました。

絶望を抱え、出会ったのがインターネットビジネスだった。

学生時代は根暗な生活を過ごしていた僕は心を許せる友人もいなく、

社会人になってから時間のある日はもっぱらパチスロ漬けの毎日だった。

 

高校〜大学時代はパチスロでいい思いをした反面、

その成功体験が脳裏にインプットされていて、

 

いつかは絶対勝てる。

 

と信じてパチスロを打ち続けるも、その結果、惨敗・・・。

手元に残ったのは数少ない貯金と、こんもり溜まった借金300万円だけ。

 

どうしよう、どうしよう・・・。

不安が走り夜も眠れない日々。

 

ベッドでごろごろしながら、スマホで見ていて

「インターネットビジネス」の広告が目に飛び込んできたのです。

 

「インターネットビジネス??なんだこれ」ポチッ

 

ネットで調べてみてみると衝撃を受けた。

僕よりも若い女の子が、会社で働かずにネットだけで月100万円を稼いでいたり、
ただの大学生がツイッターだけで月50万円を全自動で稼いでいたりするんです。

 

しかも不労所得で。

 

最初はやっぱり

 

なんだこれ、うさんくせえwww

 

って思いました。

「コピペするだけで月50万稼げる」

「1日5分の作業で月100万円稼ぐ」

 

当時はこんな胡散臭いキャッチコピーで書かれたのが

「インターネットビジネス」でしたので、

僕はインターネットビジネスには否定的な意見を持つ人でした。

 

 

だってネットだけで稼ぐのはどう考えても怪しいでしょw

 

 

しかし、僕はネットビジネスに対して否定的な立場の人間でしたが、

 

そんな思い込みは、彼女を作ろうと思って使っていた

マッチングアプリで出会った子に紹介してくれた社長がキッカケで破壊されました。

 

その社長は、月70万円をネットで自動で稼ぐ仕組みを持っていた人で、
現在は独立されて営業代行会社とインターネットビジネスの会社を経営するバリバリの経営者でした。

 

実際に、

インターネットビジネスで稼いでいる人とお会いして会話をしたのは初めてで、
インターネットビジネスで稼いでいるっていうのは、ネット上だけの偶像と思いこんでいました。

 

でも、その言動や振る舞い一つとっても、

めちゃくちゃ苦労してきた人で、本当に稼いでいる人なんだと肌身で感じることができました。

 

そして、その社長を師事する人も、
月に20万〜50万を稼いでいる方だったので。

 

 

こりゃ本物だ・・・。と。

 

 

お会いしてからしばらくして、僕はインターネットビジネスで成功した社長に

「僕もインターネットビジネスで稼いでいきたいです」とお願いをしました。

 

その時に社長の口から100万円の高額塾の提案がポロっと出たんです。

 

・・・え????

今なんて言いました?

 

いや100万円。

 

ええええええええええええ?!?!

 

当時の僕はその100万円って金額を聞いた時は衝撃的でした。

 

100万って・・・。

 

ちょっと待て!僕の給料の5ヶ月分じゃないか!!

冗談じゃない!!

 

借金もそれこそ300万円以上もあるし、

これ以上いったら死ぬかもしれない。

 

ちょっと考えさせて下さい・・・。

 

僕は100万円の高額塾に入るか入らないかという

人生の大きな選択を迫られました。

 

もしかしたら騙されるかもしれないし、

100万円使って全く稼げなかったらどうしよう・・・。

 

ぼくの心の中で複雑な思いが絡み合い、

最終的に出した結論が・・・。

 

インターネットビジネスをやろう。

 

これに僕のすべてを賭けるしかない。

 

当然僕はキャッシュを持ち合わせていなかったので、

僕メガバンクのキャッシングカードで100万円を引き下ろしました。

 

この時点で、借金総額は400万円です。

 

現金一括払いが条件でしたので、

ATMから100万円の束を受け取った時は超ビビりました。

 

これが100万円かぁ・・・。

 

100万円の束をカバンに突っ込み、

 

僕は周りをキョロキョロ不審者のように見ながら

僕はインターネットビジネスで成功した社長の元に行き、

インターネットビジネスを0から学ぶことにしました。

 

僕はインターネットビジネスを通じて成功するんだ。

パチスロなどで増やした借金を返済してやる。

今の会社を辞めて自由な生活を手にするんだ。

 

当時の僕はやる気の塊でした。

 

そして・・・。

インターネットビジネスを始めて

最初のたった1ヶ月で2000円稼ぐことができたんです。

 

僕が会社であくせく働いている間、

僕が作ったサイトから、男性用の加圧インナーがポロッと1個、売れたんです。

 

発生成果報酬 2000円

 

うおおおおおおお!!!ホントに売れたぞ!

 

しかも、

自宅のパソコンに触れていなくても、勝手に売上が上がった・・・。

 

こんなダメな僕でも、ネットだけで2000円稼げたという事実によって、

僕はインターネットビジネスの魅力に惹き込まれていきました。

 

そしてインターネットビジネスを実践していく中で、

一時期伸び悩んだ時期もありましたが、

 

3万円、4万円、10万円・・・。

 

といった具合に稼ぐ金額が増えていき、

やがてインターネットビジネスを開始してから

8ヶ月で念願の月収100万円を達成することができました。

インターネットビジネスを始めてからパチスロを引退することができた。

僕はインターネットビジネスをしてから、人生を変えることができました。

 

もう聞き飽きたという人も中にはいるかも知れませんが、

僕がインターネットビジネスを始めてから人生が

180度変わったことは紛れもない真実です。

 

インターネットビジネスを始めてからというもの、

他人からお金を借りて打ち散らかしていたパチスロも打たなくなりました。

 

今までの僕であれば、休みの日はやることもないし、

会社のストレスから解放されたくて、パチ屋に行き惨敗して帰ってくる。

 

ということを永遠と繰り返していましたが。

 

インターネットビジネスをやることによって、

パチスロをやるという選択肢を選ぶことがどれだけ愚かなことだったか身に沁みて痛感しました。

 

だって・・・。

インターネットビジネスをしていたほうが、

パチスロよりも稼げるし収益が伸びていくと楽しくて仕方ないかったからです。

 

パチスロは浮き沈みするし時間とお金をただ消費するのに比べて、

インターネットビジネスは超低リスクで、たとえ失敗したとしても

1万円ぐらいしかかからないので、しくじりし放題ですw

 

さらに超低リスクで始めることができる割に、

稼げる金額は青天井です。

 

だからこそ僕は、パチスロやってるよりも

インターネットビジネスやっていた方が効率的に稼げるし、

ネットだけで完結するためパソコンとネット環境さえあればどこでも仕事ができてしまうんです。

 

その結果、インターネットビジネスで月収100万円を稼ぎ続けることに成功しました。

そして、「パチスロをやりたい」という感情も自分の脳みそから次第にフェードアウトしていきました。

 

月収100万円を達成してから、パチスロも引退することができ、

あれだけボロ雑巾のように働いていた会社も辞めて、

雇われていなくても収入がある状態になったのです。

 

今ではカンボジアの不動産仲介ビジネスの企画段階でのマーケティング支援や、

ECプロダクトの企画段階でのアドバイスをする、打ち合わせなどに招集されることが多くなりました。

 

「ざっきーさんにアドバイス頂けて本当に助かります!」

「今度、不動産の案件での集客とマーケティングについて相談したいんですが今度お時間いいですか?」

「ざっきーさんのお陰で売上を増やすことができました」

 

といった声をガチの経営者の方から頂けるようになりました。

 

あのパチスロしかやることがなかった頃には、

到底考えられないような感じに僕の身の回りの環境が変化しました。

 

さらに今は知人であり恩師である方から出資をしてもらい、

ASEANの市場でビジネスを展開するマネージャーとして起用され、

プロジェクトを推進している状況です。

 

もしもあのまま、パチスロ漬けの毎日を過ごしていたとしたら、

まだ借金まみれの生活で、毎月の支払い金額を見て「はぁ・・・」と落胆していたと思います。

 

このままパチスロに僕の人生を侵されたまま、

借金返済しながら死ぬまでパチスロをやっていたと思います。

 

それも一人ぼっちの真っ暗な人生をただ闇雲に。

 

あの時、インターネットビジネスをやると決心した

僕を褒め倒してあげたいです。

 

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