こんにちは、ざっきーです。

今日はアニメ劇場版の「君の膵臓をたべたい」を観てきたので、
その感想を交えて、少し人間関係の大切さについて話していこうと思います。

ここから先ネタバレあり。

「君の膵臓をたべたい」が世の中に出たのは2015年。

 

駅の広告で映画(実写版)として公開されていたのは知っていましたが、
なかなか見る機会がなかったんですが、今日はたまたま観るチャンスがあったので観てきました。

 

上映されて、終わったときには28歳の男が

鼻水流してボロ泣きしてましたwww

 

僕的にスゴイ印象に残ったシーンは、

主人公の春樹(はるき)が、ヒロインの桜良(さくら)の病院にお見舞いに行った時に、真実か挑戦ってゲームをした罰ゲームで、春樹が桜良に「君にとって生きるとは?」という質問をしたシーンでした。

 

その時の桜良が、春樹に言った言葉がとても印象的だったので引用します。

「生きるってのはね、きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ。誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しい、誰かと一緒にいたら鬱陶しい、誰かと手を繋ぐ、誰かとハグをする、誰かとすれ違う。それが、生きる。自分たった一人じゃ、自分がいるってわからない。誰かを好きなのに、誰かを嫌いな私、誰かと一緒にいて楽しいのに誰かと一緒にいて鬱陶しいと思う私、そういう人と私の関係が、他の人じゃない、私が生きてるってことだと思う。私の心があるのは、皆がいるから、私の体があるのは、皆が触ってくれるから。そうして形成された私は、今、生きてる。まだ、ここに生きてる。だから人が生きてることには意味があるんだよ。自分で選んで、君も私も、今ここで生きてるみたいに。」by山内 桜良

僕がなんでこの言葉に共感をして印象に残ったかと言うと、

昔の自分に言い聞かせたい言葉だったからです。

 

僕のプロフィールを読んでいただいた方にはわかるかと思いますが、僕は中学校にあったイジメが原因で、高校・大学とまともに人と接する機会を自分から遠ざけるようになってしまいました。

 

その結果、パチスロというギャンブルに手を染めて、気づいた時にはすでに手遅れ。

暇があってお金があればパチスロに行くという、パチスロが僕の生活の中心にいました。

 

会社にいる時も職場の人とはプライベートな話は一切せず、ただ黙々と仕事をこなし、上司や顧客に迷惑をかけては怒鳴り散らされて、報告書や資料作成で夜遅くまで働く毎日。

 

そして休みの日には、パチスロに行き時間もお金も浪費して一日が終わるという生活。

 

 

あぁ、これが永遠と続くんだ、、、

僕の人生これで終わりなのか、、、

 

 

昔の僕はホントこんなことばっっかり思っていましたし、

何よりも人と接するのを避けていました。

 

職場の同僚と帰り道が同じなのに一緒に帰らずに、
わざとトイレに行って時間をズラして帰ることもしました。

朝の電車から下車して通勤路に後輩がいても、
何となく避けて別の道で職場まで行ったことも何度もあります。

 

それだけ人と接して、関係を深めることに無意識レベルで避けていたのです。

 

僕が人を避けるようになってしまった原因は、

中学時代のイジメにあります。

 

ずっと仲の良かった友達に急に無視されるのは、

今思い出してもめちゃくちゃ辛かったです。

 

いつも昼飯の時間になったら机を並べて食べてたのに、

急に僕の回りから友達がいなくなりました。

 

そのことがきっかけになって、僕は人との関係を深めることにとても消極的になってしまいました。

 

そのせいで高校時代は、部活にもほぼ参加せず、
地味〜〜〜な高校生活を送っていましたし、
高校も行かずにゲーセンで暇をつぶしている時間も増えました。

 

僕も他のクラスメイトと親密になりたかった。

男子が好きな子の話で盛り上がってるところに僕も入りたかった。

一緒に登下校してくれる彼女も作りたかった。

放課後にカラオケとかファミレスに僕も行きたかった。

 

ポッカリと空いてしまった心の隙間。

僕の心からポロポロと涙が零れ落ちました。

・・・

 

 

そう、だから僕は過去にこういう経験をしたので、

病院で春樹にはなった桜良の言葉にとても共感したんです。

 

 

今ならわかることですが、

昔の僕は「生きているけど生きていない状態」だった。

 

 

人と心を通わせることが、とても辛かったから。

これ以上傷つくのは嫌だったから。

めちゃくちゃ仲の良かった友達に、目をそらされて話しかけても無視される、あの時の感情をもう一度味わいたくなかった。

 

 

だから僕は、心の壁をどこかで作るようにしたのです。

人と深く関わることさえしなければ、これ以上傷つくこともないし。

 

 

昔までの僕は本当にこんな、

自分の殻に閉じこもってばかりいるどうしようもない臆病者でした。

 

他人に対して心を打ち明けるのが怖いからです。

嫌われたくないからです。

これ以上、僕が傷つきたくないから。

 

 

しかし、僕は自分のビジネスを持つようになって、少しづつ変わっていけることができました。

 

まず僕を取り囲む人間環境が一転しました。

僕に対して尊敬の眼差しを持っている人もいれば、ライバル意識を持って接してくる人もいる。一緒にビジネスをしていこうと声をかけてくれるパートナーもいる。

 

そして、僕に好意を持ってくれる女性もいる。

 

そして次第に、僕は僕以外の人と心を通わせることができてきました。

 

ホントに最近です。

 

僕が「生きてるけど生きていない状態」から「生きてる状態」になったのは。

 

ビジネスを初めて、師匠やライバル、パートナーやクライアント、そして大切な彼女もできました。どれもこれも、僕が人と心を通わせるという小さな一歩を選択したからだと思っています。

 

人生は選択の連続。

もしあの時僕がビジネスをしないという選択をしていたとしたら、

 

きっとまだ、会社とパチンコ屋を行き来する環境で身をボロボロにしながら生きていたと思います。そして定年を迎えても、あくせく働いてパチンコ屋に行ってを死ぬまで繰り返していたと思うと正直、ゾッとします。

 

 

少し書いてて涙ぐんでしまった部分がありましたが、僕はこの作品がとても好きになりました。

 

人と心を通わせる大切さ、

そして、今という瞬間を生きるということの大切さも。

 

たとえ余命宣告をされても、人間はいつ死ぬかわかりません。

 

・横断歩道を渡っていたら急に交通事故にあって死んでしまった友達のばあちゃん。

・ただの頭痛かと思っていたら、脳梗塞で急死した会社の先輩。

・余命半年と言われて、抗がん剤治療の末、衰弱しきって死んでしまった友達。

 

これは全部僕の身の回りで起こったこと。

それだけ、人は死と隣り合わせで生きているということ。

 

 

そのために、僕たちはどうやって生と向き合っていかなければならないか?

 

それは、、、

今この瞬間というのを生きる、生きてるんだって思うこと。そして人と心を通い合わせることで自分の生を実感できるということ。

 

人と心を通わせる大切さ、

そして、今という瞬間を生きるということの大切さ。

 

このことを「君の膵臓をたべたい」を通して学んだことでした!

気になった方は是非観て下さいね(^^)/~

 

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